東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)1876号 判決 1967年3月15日
(1)事件原告 株式会社新幸商会
右訴訟代理人弁護士 臼上孝千代
(2)事件原告 古谷田昌邦
右訴訟代理人弁護士 及川保文
(1)、(2)事件被告 大京開発株式会社
右訴訟代理人弁護士 長谷長次
同 渡辺英男
同 永井元
主文
一、被告は(2)事件原告古谷田昌邦に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四一年五月二五日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。
二、(1)事件原告株式会社新幸商会の請求を棄却する。
三、(1)事件について生じた訴訟費用は(1)事件原告株式会社新幸商会の、(2)事件について生じた訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一 (1)事件原告株式会社新幸商会(以下単に原告会社という)訴訟代理人は、「被告は原告会社に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四一年三月二一日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、別紙手形目録記載の(イ)の約束手形は、被告会社の経理課長訴外福川実が被告会社から授与された権限に基き、被告会社代表者の記名捺印を代行して振出したものである。
二、原告会社は、受取入訴外東洋製函株式会社から右手形の白地式裏書を受け、満期に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶されて現にこれを所持する。
三、(一)訴外福川実は、被告会社の経理課長(商法にいわゆる手代)として、手形振出その他被告会社の一切の経理事務を処理する権限を授与されていたものである。従って、同人が仮に金額三万円をこえる手形を振出しえない旨の制限を受けていたとしても、被告はこの事実を知らないで本件(イ)の手形を取得した原告会社に対抗することはできない(商法四三条二項、三八条三項)。
(二)又本件では、権限踰越による表見代理も成立する。即ち、本件(イ)手形の受取人である訴外東洋製函株式会社及びこれから裏書を受けた原告会社は共に、被告会社から訴外福川実に授与されていた代理権が手形振出に関しては金額三万円以下のものに限られていたことを知らず、かつ、右手形の手形要件の記載が右訴外人の保管していた被告会社使用のゴム印等によってなされ、手形金額欄には「DAIKYO」なる被告会社のマークが打刻されていて信用性の高い外形が認められたので、右訴外人が本件(イ)の手形を振出しうる代理権を授与されていたものと信じたことに正当な理由がある(仮に、右訴外会社に対する関係で表見代理が成立しなくても、原告会社についてその要件が具備しているので、結局これが成立するものと解すべきである)。
それ故、いずれにしても被告会社は本件(イ)の手形の振出責任を免れえないものである。
四、よって原告会社は被告に対し、本件(イ)の手形金五〇万円及びこれに対する満期日以降完済までの年六分の割合による法定利息の支払を求める。
と述べ、
証拠として、<省略>。
第二 (2)事件原告古谷田昌邦(以下単に原告古谷田という)訴訟代理人は、主文の第一項と同旨及び「訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め請求の原因として、
一、被告は別紙手形目録記載の(ロ)ないし(ホ)の約束手形四通を振出した。
二、原告古谷田は、これら四通の手形を受取人訴外株式会社荻野組から白地式の裏書を受け、(ロ)及び(ハ)の手形を訴外株式会社住友銀行に、(ニ)及び(ホ)の手形を訴外株式会社三菱銀行にそれぞれ裏書した。右訴外両銀行において満期に支払のためこれらを支払場所に呈示したがいずれも支払拒絶となったので、被告古谷田は、(ロ)及び(ハ)の手形をそのまま受戻し、及び(ホ)の手形を戻裏書によって受戻して、現にこれらを所持している。
三、仮に、本件(ロ)ないし(ホ)の手形が被告会社代表者の意思に基づかずに振出されたものであっても、手形振出人としての被告会社の記名押印が真正であり、手形を振出したのが被告会社の経理課長訴外福川実であるから、被告は善意の第三者たる原告古谷田に対して右四通の手形の振出責任を免れることはできない。
四、よって原告古谷田は被告に対し、本件(ロ)ないし(ホ)の手形金二〇〇万円及びこれに対する満期日以降完済までの年六分の割合による法定利息の支払を求める。
と述べ、
証拠として、<省略>。
第三、被告訴訟代理人は、(1)事件及び(2)事件につき、「原告会社及び原告古谷田の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告両名の各負担とする」との判決を求め、答弁として、「原告会社が訴外東洋製函株式会社から本件(イ)の手形の裏書を受け、原告古谷田が訴外株式会社荻野組から本件(ロ)ないし(ホ)の手形の白地式裏書を受けたこと及び本件各手形がそれぞれの満期に支払のため支払場所に呈示され、いずれも支払拒絶となったことは認めるが、被告会社が訴外福川実に対して原告会社主張のごとき授権をしたこと及び本件(ロ)ないし(ホ)の手形を振出したことはない。但し、本件各手形の振出人欄に顕出されている被告会社代表者名義の記名及び名下の印影が被告会社の記名判及び印鑑によって振出されたものであることは認める。本件各手形は、右訴外人が右の記名判と印鑑を冒用し、訴外荻野隆之と共謀の上偽造したものである。従って原告両名の請求はいずれも失当である」と答え、
証拠として、<省略>。
理由
一、(1)事件について
証人福川実及び同山中巳年雄の各証言によれば、(A)訴外福川実は、被告会社の経理課長として、被告会社の資金繰計画の立案、通常経費、例えば事務所の賃貸料、交通・通信費及びその他の雑費の支出、その支払のための手形・小切手の振出、これらの作成に用いるゴム判、代表者印等の保管その他の経理事務を管理し、この範囲の事務処理に必要な権限を被告会社代表者から授与されていたが、特に手形、小切手の振出に関していうと、包括的な授権がなされていたのではなく、右のごとき通常経費の支払以外の場合には被告会社代表者からの指示を受けてこれらの作成事務だけを担当していたものであること、(B)ところで本件(イ)の手形は、昭和四〇年の一一月二五日頃、右福川実が訴外東洋製函株式会社の代表者訴外田中宏康こと田中巳年雄から右訴外会社のため融通手形の発行を依頼され、その独断で振出したものであり、事後においても被告会社代表者の了解ないしは承諾をえていないこと、これらの事実を認めることができ、この認定を動かすだけの証拠はない。
右の各事実によれば、原告会社の第一次的主張が理由のないものであることは明らかであるが、原告会社は、右(A)の事実を前提として商法第四三条第二項及び民法第一一〇条に基づく主張をしているので、以下この当否について検討する。
まず、民法第一一〇条が適用されるのは、当該手形行為の直接の相手方、本件についていえば本件(イ)の手形の受取人である訴外東洋製函株式会社(この事実は原告会社において自認するところである)が右福川実にその振出権限ありと信じたことに正当な理由を具備している場合に限定されるものと解すべきところ、前掲証人山中巳年雄の証言によると、右訴外会社の代表者である訴外山中巳年雄は、本件(イ)の手形を受取った当時はすでに右福川実がその権限をこえてこれを振出した事実を知っていたことが認められるから、ここにその正当理由の存在を肯認する余地がなく、従って原告会社についてこれが具備されているか否かを検討するまでもなく民法第一一〇条に基く主張を採用することはできない。
次に、商法第四三条第二項の適用に対しては以下のごとく解するのが相当であると考える。右の条項が準用する商法第三八条第三項は、支配人(その就任が登記によって一般の第三者に対して公示されることが予定されている)の権限が制限された場合に属するものであるから、ここにいう第三者を必ずしも直接の相手方だけに限定する必要はないけれども、かく解しても直接の相手方以外の者が同条項によって保護されるためには、当該法律行為が支配人(商法第四三条第二項の場合には番頭、手代なども含む)によってなされたことを知った上でこれに起因する法律関係に加入することが当然の前提条件であることに注意しておく必要がある。何故ならこれを知っていなければ右の制限についての善意・悪意を問題とする余地がないからである。そこで右の理を本件にあてはめてみると、経理課長という地位が商法第四三条にいわゆる手代にあたることは疑のないところであるけれども、本件(イ)の手形面上にこの振出行為をしたのが被告会社の経理課長福川実であることの代理関係の表示がなく、しかも本件では原告会社において右手形を取得した当時右の代理(又は記名捺印の代行)関係の存在を知っていたことについて何等の主張立証がなされていないので、原告会社が右福川実の権限上の制限について善意であったか否かを論ずるまでもなく、商法第四三条第二項に基く原告会社の主張も結局採用しがたいことになる。
故にその余の判断をするまでもなく、原告会社の請求はいずれも理由がないといわなければならない。
二、(2)事件について
成立に争いのな丙い第六号証の一、二と証人福川実及び同荻野隆之の各証言とによると、本件(ロ)ないし(ホ)の手形は、被告会社が訴外株式会社大本組から請負った国鉄山陽線複線化工事のうち土工事の部分を訴外株式会社荻野組に下請させ、その前渡金支払のために被告会社代表者が経理課長である訴外福川実に指示して作成させて振出したものであることが認められ、これを左右するだけの証拠はない。
次に、原告古谷田が本件(ロ)ないし(ホ)の手形をその受取人訴外株式会社荻野組から白地裏書によって譲受けたこと及び右各手形について被告に適式な支払呈示がなされたことは当事者間に争いがなく、原告古谷田がその主張のような裏書及び受戻をなして現に右の各手形を所持していることは被告において明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。
以上の各事実によれば、被告は原告古谷田に対し、本件(ロ)ないし(ホ)の手形金二〇〇万円及びこれに対する満期たる昭和四一年五月二五日以降完済までの年六分の割合による法定利息の支払義務を負うものといわなければならない。
三、よって、原告会社の請求は失当として棄却すべきであるが、原告古谷田の請求は理由があるので認容することとし<以下省略>。